星影のワルツ

お詫びと反省

 皆さんよくご存知の「星影のワルツ」。千昌夫が歌い、200万枚売れた大ヒット曲です。「別れることは辛いけど、仕方がないんだ君のため、別れに星影のワルツを歌おう、冷たい心じゃないんだよ、冷たいこころじゃないんだよ、今でも好きだ、死ぬほどに」
 
考えてみると、この歌詞は情けない心情を歌っています。「死ぬほど好きなら、かけおちでも何でもして一緒になったらええやないか。それを、『仕方がないんだ君のため』と、さも相手のことを考えているような言い方は軟弱すぎる」と思ってしまいます。
 
そこへ「実はこの詩は部落差別によって泣く泣く引き裂かれた、被差別部落の青年の慟哭を歌ったもので、陰の作者は別にいる。その作者は、作詞家に原詩を金で売った。」と聞かされたら誰でも「なるほど!」と納得してしまいます。
 
私もその一人でした。それで新治新聞「まいどおおきに!新治です」にも書き、寄席のチラシの裏にも転載しました。数年前のことです。反響もよく、ある新聞などは、「全国版で紹介したい」と乗ってきました。私も「全国版に名前がでるのはおいしいな」と思いましたが、話自身が私のことではないので、陰の作者Aさんに直接聞いてみました。
 
Aさんは「○○がおおげさにゆうからな・・」と言葉を濁し、新聞に載せることを断られました。私は「お金で売ってるから、自分が作ったとは今更言いにくいねんなァ」と受けとめました。以来「星影のワルツは被差別の歌」という認識をずっと持っていました。その後、土方鉄さんが本に書き、全国の人権啓発に関わる人たちに瞬く間につたわり、「星影のワルツ」は結婚差別の歌という認識が定着しました。そしてAさんは亡くなりました。ところが・・

(ホラだった!)

 ところが最近になって、この話が実は、Aさんの酒の上でのホラだったと分かりました。このことを教えてくれたのは、解放同盟のBさんです。Bさんは、Aさんの友人です。私は最初この話をBさんから聞いたのです。BさんもAさんの作と信じていました。それでBさんは、Bさんの知り合いの新聞記者であるCさんに取材を勧めました。C記者は、Aさん、作詞の白鳥園枝さん、作曲の遠藤実さんに取材をします。そして白鳥さんは激怒されます。
 
そして去年の暮れ、NHKの「そして歌は誕生した」という番組で「星影のワルツ」がとりあげられました。Bさんは「これでいよいよ真実があきらかになる。Aさんのこと。差別のことが放送される」と期待しながら見たそうです。ところが番組ではそんなことは一切出なかったのです。逆に「Aさんのウソ」が明らかになったのです。
 白鳥園枝さんの詩は、元題名「辛いなあ」という、同人誌に発表された詩です。
「別れることは辛いけど、仕方がないんだ、君のため。冷たい心じゃないんだよ。ああ、今でも好きだ、死ぬほどだ」。これには「別れに星影のワルツを歌おう」という歌詞はありません。これは作曲の遠藤実さんが付け加えたものです。
 
酒の上のホラ話を、Aさんの友人のDさん(この人も新聞記者)も聞いていました。このD記者が、話を真に受けて広めたのです。D記者も永らく部落差別問題に関わってきたので、真に受けてしまったのでしょう。

(Aさんだけの責任か?)

 ここでホラを吹いたAさんを非難するのは簡単です。けどそれですむ問題ではありません。真の作者、白鳥さんにお詫びをしなければならないのはAさんだけではありません。「星影のワルツを結婚差別の歌」にしてきた全ての人がお詫びをしなければならないのです。人権講演会で多くの人が話し、自治体のホームページに載ったり、活字になったんですから(私も書いた一人です)。
 
正直、私は講演で話した記憶はありません。結婚差別の話はお笑いにならないし、よく知らないからです。けどよく話題にしましたし、自分の「新聞」やチラシに載せたりしましたので、話したのと同じことです。多くの人に広めた責任はあります。
 
そしてなにより、この話を聞いた時、「なるほど」と納得すると同時に、「ええネタや!」と飛びついてしまったことが恥ずかしいのです。そこには、結婚差別の被害者への共感や差別に対する怒りより、自分の仕事を優先するずるい私がいました。情けない話です。

(歌の受けとめ方)

 歌の解釈は聞く人の自由です。Aさんが「星影のワルツ」に被差別の悲しみを聞いたのはAさんの感性です。そんな体験があったのかもしれません。小説も書くAさんですから、類似した詩を書いたのかもしれません。故人となられた今、確認のしようもありません。問題はAさんのセンスがよかったため、余りにも説得力のある話になってしまったことです。それで多くの人がその話に乗ったのです。誰も白鳥さんに確認せず、受け売りをしたのです。これはまさに「偏見」を広めたことになります。白鳥さん、遠藤さんにとってはたまらんことです。人権を語りながら、偏見を広げていたのですから。私も深く反省し、二度とこのようなことをしないように気をつけます。そして口先だけでない人権感覚を自分のものにしなければならないと思ます。白鳥さん、遠藤さんには、誠に失礼いたしました。心からお詫びをもうしあげます。

(2004年9月 露の新治)


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